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東京地方裁判所 昭和40年(ヨ)2274号 判決 1967年7月09日

申請人

アンヂエロ・セオドル・ボロナキス

右代理人

馬場東作

福井忠孝

被申請人

シンガー・ソーイング・メシーン・カムバニー

日本における代表者

ジヤツク・アーネスト・ロビンソン

右代理人

古賀正義

松枝迪夫

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事   実<省略>

理由

一申請人がアメリカの市民権を有し、フエアライ・デイキンソン大学の経済学修士の課程を終え、日本語に熟達し、数々の職歴を有していたが、昭和三九年七月一日ニユーヨーク州ニユーヨーク市において、アメリカ、ニユージヤーシー州法により設立され、同州ユニオン区エリザベス市に本店を置きシンガー・ミシン等の販売等を業とする会社との間で雇傭契約を結んだこと、その契約は英語を使用して、申請人を日本支社におけるゼネラル・マネージヤーとして雇傭する旨を約し、月給その他の諸手当に関する取決めをドルで表示して締結され、しかもその契約期間の定めはなかつたこと、そして右契約によれば、申請人は毎月二五日、日本支社から三四万円および本社からニユーヨーク市において六〇四ドル一七セントの報酬を支給されるほか、四人の子女の教育費を支給され、また居住に適する家具付の家屋一棟および自家用自動車一台の提供を受けるというのであつたこと、ところが申請人は昭和四〇年一〇月一五日、日本支社代表ロビンソンから、日本支社の組織変更によつて日本においても、他の地域においても申請人の地位がなくなつたとして、同年一一月三〇日限り解雇する旨を言渡され、また同月九日付、同月一〇日到達の内容証明郵便をもつて、解雇理由として、前記のような組織変更に伴うことのほか、申請人の行為に問題があつたこと、および先に申し渡した日限までに自動車の返還がなかつたことを挙げて、解雇の時限を繰り上げて直ちに雇傭契約を終了させる旨の意思表示を受けたことは当事者間に争いがない。

二そこで右解雇の意思表示の効力について、その準拠法を考察する。

(一)  法例七条は、法律行為の成立および効力については、当事者の意思に従い準拠法を決定し、当事者の意思が分明でないときは行為地法を準拠法とすべきことを定めているが、申請人と会社との間における雇傭契約がアメリカ市民権をもつ申請人とニユージヤーシー州法に基き設立された会社との間において、アメリカ、ニユーヨーク州ニユーヨーク市で、英語を使用して締結され、これによると、申請人が日本支社のゼネラル・マネージヤーという監督的地位において勤務し、これに対する報酬その他の諸手当がドルで表示され、その一部がニユーヨーク市において支払われる約定であつたことを綜合して判断するときは、右契約当事者の意思はアメリカ連邦法およびニユーヨーク州法をもつて、契約の成立および効力についての準拠法とするにあつたものと推認するのが相当であつて、申請人主張のように契約当事者の準拠法選定の意思が分明でない場合であるとは認めることができない(なお、仮りに準拠法の選定について当事者の意思が分明でなかつたとしても、右契約の申込および承諾がなされたニユーヨーク州ニユーヨーク市が行為地となるから、その準拠法は法例七条二項によりアメリカ連邦法およびニユーヨーク州法となる筋合である。)。

(二)  申請人は労働契約に基く労務給付が日本の国内において現実に継続して行われる以上、法例七条一項の定める準拠法選択自由の原則も解雇自由の原則を制限する機能を有する民法一条を含む労働法という公序法によつて制約を受け、解雇の効力のごときについては、むしろ国内法に準拠すべきであると主張するが、わが国においては、雇傭契約ないし労使間の契約関係は、その多くの部分を労働基準法および労働組合法等の労働立法によつて、規制されているとはいえ、さような法律関係につき準拠法として指定された外国法を適用した結果、いかなる場合にもわが国の労働法体系によつて維持される社会秩序が直ちに破壊されるものと解し得ないから、わが国に独自の労働法秩序が存在するというだけで、法例七条一項が法律行為の効力に関して定めた準拠法選定自由の原則の適用まで一挙に排除すべきいわれはない。言いかえれば、解雇の効力については、その準拠法として指定された外国法適用の結果を普遍的立場から考慮しても、なおかつ、わが国の労働法秩序を強行すべき具体的場合においてのみ、その外国法の適用を排除すべきものと解するのが相当である(法例三〇条)。

(三)  そして、アメリカ連邦法およびニユーヨーク州法によれば、使用者は期間の定めのない雇傭契約においては、不当労働行為に該当しない限り、いつ、なんどきでも、なんらの理由なしに労働者を解雇することができるとされ<Martin v.N.Y.Life Ins.Co.,148N.Y.117,42N.E.416(1895);Watson v.Gugino,204N.Y.535,98 N.E18(1912)>ほかに解雇の理由ないし手続を規制されていないし、また、解雇権の行使に関し日本民法一条二、三項のように信義則に基く制約を一般法理として宣明する規定は存在しない。

三ところが、申請人と会社との前記雇傭契約につき期間の定めがなかつたことは前記のとおりであり、また会社が申請人に対してなした解雇の意思表示が不当労働行為に該当することの主張、疎明はない。したがつて、右解雇の意思表示は、その準拠法たるアメリカ連邦法およびニユーヨーク州法に則る限り、適法に効力を生ずべき筋合である。

もつとも、アメリカ法適用の結果が、わが国の労働法秩序を害することはないかにつき、なお、検討を要する。

わが国において使用者の被傭者に対する解雇権の行使が民法一条二、三項の定める一般法理により、その効力発生を制約すべき場合があるのは裁判例の示すところであるが、それは解雇自由の原則を認めながらも、わが国の労働契約関係には賃金その他の労働条件が終身雇傭を前提として定められている等、特殊な事情が存在することに鑑み、解雇が使用者の合理的な企業運営上果すべき本来の機能を逸脱し労働者を不当に圧迫するにいたるのを抑制する必要があることに基くものと考えられる。しかるに、本件の場合、労働契約の当事者はアメリカ人たる申請人とアメリカ・ニユージヤーシー州法人たる会社とであり、その契約内容も会社の日本支社のゼネラル・マネージヤーという地位における労務の給付とこれに対する相当厚遇された対価の給付とであつて、わが国における右ような労働契約関係の特殊事情とは殆んど無縁のものというべきである。したがつて、少くとも右契約の終了事由たる解雇につき、契約当事者が選定したアメリカ連邦法およびニユーヨーク州法に準拠して、その効力を認めたからとて、普遍的立場においてもわが国の私法的労働秩序が害されるものとはいうことができない。

四してみると、申請人に対してなされた解雇の意思表示はその余の判断をするまでもなく有効というべきであつて、本件仮処分申請は被保全権利の存在につき疎明がないことに帰し、さりとて、保証をたてさせて保全処分をするのも相当でないから、これを却下することとし、申請費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。(駒田駿太郎 高山晨 田中康久)

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